No Rest For The Wicked 第一話

作者(と訳者)のコメントです。

Page 1:

一番お気に入りのコマは、次女のセプテンバーとその後ろでメイドさんが驚いているコマ。

二人で話していることがわかるように、ノヴェンバーの独白部分の小さな吹き出しと、ペローの吹き出しと見分けが付くようにしてみました。

 

Page 3:

ノヴェンバーの名前が初めて出てきたのはここ。これ以後、22 ページまで出てきません。

窓、小さいですね。ホントおかしなくらい小さい。当面、私に宮殿の設計をさせてやろうという人は現れないでしょう、ええ。

 

Page 4:

他でも何度か言ってるように、「月は墓の中へと沈み (The Moon Is Rolling In Her Grave)」はチャールズ・デ・リントの「The Moon Is Drowning While I Sleep(私が眠る間に、月は溺れる)」という短編小説のタイトルをもじったような感じですね。これを読んだのは、Ellen Datlow、Terri Windling 編のおとぎ話の再話アンソロジーで、この作品もやはり「埋められた月 (The Buried Moon)」から着想されたものです。「月は墓の中へと沈み (The Moon Is Rolling In Her Grave)」は、このコミックのいくつかあったタイトル候補の中でボツになったものの一つ。最終的には、「No Rest For The Wicked (悪いやつらの心は晴れず)」の方が短いし、たぶんパンチも効いてると判断しました。

[訳注] タイトルの処理は、この翻訳の中でも、一番迷った&苦労したところです。バシッと日本語訳にするか、カタカナにしたものか、英語のままにするか。・・・結果として、英語タイトルにサブタイトル的に訳を添えています。んー、まあ中途半端かも。
タイトルの原意は「悪人に平安なし」という慣用句。クラシックな感じを残しつつ、ある程度パンチもほしいし、マンガの性格上、ちょっと軽さも残しておきたい…と、あれこれ考えた末に上記のような訳出に。思惑どおりになったかどうかは、何とも。

ちなみに、イタリア語版では第一話のタイトルをコミックのメインタイトルにしています。 

 

Page 5:

このコミックを始める前なら、年を追うごとに自分の絵があからさまに変化するなんて言ったりしなかっただろうなと思います。でも最初の何ページかと、この章の終わりのノヴェンバーを比べてみると…10か月ほどの違いなんですが。定期的にコミックを描き続けると、絵柄はホントに変化するんだとよくわかります。

ペローの顔はまだ隠しています。この段階ではまだ、ノヴェンバーを紹介して、ストーリーの設定を行っているところというのが理由の一つ。それと、ここですぐに彼の正体を明かしてしまったら、「何だこのネコ耳野郎は」とわけがわかんなくなる人もいるんではないかと思って。 ^^;

 

Page 6:

ノヴェンバーの婚約者は、いずれまた登場することになります。でも、このページで描いたのから、髪型は若干直しています。

[訳注] 咳のところの原文は “*KOFF*” とアスタリスクで挟まれた文字になっています。咳払いやくしゃみ、あくび、舌打ちなんかを表す際に使われる手法なのですが、日本語版では描き文字を使って表すことにしました。
 

 

Page 8:

まあ、なんて不思議なことでしょー(棒)。 前のページの最後のコマで彼女のいたところから、いきなりずいぶんと城の近くへ来たみたいで。それに、夜に抜け出して、今が朝ということは…全然先へ進んでないような? …彼女はえらく庭の大きなところに住んでたんです、きっと。

 

Page 9:

このおばあさんが物語の重要な役割を担うのかお悩みの方もあろうかと思いますが、実はなんてことのないただのおばあさんです。おとぎ話を数多く調べてみると、主人公が重要な情報や魔法の道具をもらったりするのは、たまたま出くわしたその辺のおばあさんとかおじいさんであることが多いとわかったのです。普通、主人公が何か見返りを得るためには、そのご老人に何か優しさを示さなければなりません (食べ物や水を分けてあげるとか、そういったことですね)。この謎めいたご老人が、姿を変えた妖精だったという物語もありますが、まったく何にも説明がない場合もあります。そうなると、なんでこのばあさんは、ワインを飲んじゃいけないと知ってるんだとか、どこで透明マントを手に入れたんだとか、なんで道であった見知らぬ者にそれをやるんだとか、そういったことで悩むことになるのです。それでも、このおばあさんがくれた情報は、必ず信頼のおけるものです。おとぎ話では、親が自分を殺したりはしないだろうと心を許すのは禁物ですが、見知らぬおばあさんが「おまえの恋人のヘアピンは、七つ目の山の七つ目の城にあるハープシコードの形をした岩の下に七つの井戸があってね、その一番最後の井戸の底にサギがいて、そいつの腹の中にはカエルがいて、そのカエルの腹の中にいる魚の腹の中にあるよ」と言ったら、絶対に間違いなくそこにあるのです。

[訳注] 自分の持っているものをすっかり惜しげなく渡さないと中途半端な結果を招くというのも、おとぎ話の定石どおりです(三人兄弟だと、長男は何も与えずひどい目に遭い、次男や次女は中途半端なことをやって、しくじるというパターンが多い)。また、「三」という数字が、神話やおとぎ話で多用されるのは、ご存じの方も多いと思います(このコミックでは三姉妹や三つのパン)。
興味がある方は、ペロー童話集の『仙女たち (Les Fees)』もご覧あれ。
 

 

Page 12:

どこかで読んだと思うのだけど、カエルがジャンプするのと同時に鳴くことは物理的に不可能なんだそうで。あー、何というかその、魔法のすることですから、ハイ。 -_-;;

[訳注] “自己犠牲” の原文は “Altruistic”。”利他的” という訳語が辞書にはあがっていますが、少し意訳気味な訳語をあてました。

“小ぎれい” の部分の原文は “Mystic”。こういったことば遊びの類は、どうにか翻訳するという方針で、直訳ではなく音が類似する言葉をあてています。 

 

Page 13:

ここで重大な告白を。このページで初登場したペローは、最近のページとはえらく様子が違っております - デザインをやり直したわけではなく、コミックを描いているうちに画風が変わったというだけのことなんですが…。

最後のコマについては、見た目におもしろくなるように、何となくカエルが恋に落ちたんだか何だかさせて終わらせてみたです。

 

Page 16:

赤ずきん (Little Red Riding Hood) に関する論文や解説が記された本やウェブサイトを探してみたところ、いつもこの話の古い方のバージョンについて言及されているみたいです。このバージョンでは、女の子を平らげる前に狼が、肉とワインだと偽って彼女の祖母を食べさせてしまいます (Sandman の Doll’s House の巻を読んだ方は、この展開はご存じかと思います)。このバージョンのテキストはどうしたわけか見つからなくて、おそらく口承の域を出てないんじゃないかと私は思っています。

[訳注] “Sandman” はニール・ゲイマン作の洋コミ。邦訳は『サンドマン』というタイトルで出ています。”Doll’s House” は原書では第二話、邦訳では第三巻、四巻に該当します (上記のエピソードは第四巻に記載があります)。 

 

Page 17:

ペローの名前が初めて出てくるのはここ。これは明らかに彼の本当の名前ではなく、侯爵の右腕として「ネコ」と呼ばれるよりは尊敬を集めそうな名前が必要と気付いたときに、こさえたんであろうと思われます。実のところ、最初はこのネコにはちゃんとした名前がなく、「ネコ」とか「ネコの親方(Master Cat)」とか呼ばれてました。ですが、あるとき突然、このネコをペローと呼ぶことを思いつき、彼にはこの名前が似合っていると確信したのでした。

侯爵については、フランス語に典型的な名前で、発音が一般的なものにしようと思いました。結局「ピエール」に落ち着いたのですが、「ペロー」に似た音なので、迷いました。

[訳注] “表現上、質問…” の原文は “rhetorical question” つまり「修辞疑問」です。ですが、こんな文法用語をいきなり持ち出して、すんなり呑み込める人がいるでしょうか (いや、いない)。← と、こういうやつが「修辞疑問」ですね。ピエール君は「これほど見事な政策がありましょうか?」とでも言われたのでしょう、きっと。 

 

Page 18:

やっと静かなページ。ここまで、このコミックはちょっとしゃべりすぎなんじゃないかと不安でした。私は、しゃべるのをやめて絵にストーリーを語らせるタイミングをわきまえないコミックが嫌いなもので (もちろん、ここのコメントのおかげで、このページも台無しですが)。

本はテキトーです…かね。「昔話集(Histories of Past Times)」は、シャルル・ペローが1697年に出版したおとぎ話集の『ペロー童話集(Histories or Tales of Past Times: 過ぎし昔の物語)』から採ったもの。「君主が側近にえらぶ秘書官(Concerning the secretaries of princes)」と「人間、ことに世の君主の、毀誉褒貶はなにによるのか(Concerning things for which men, especially princes, are praised or blamed)」はどちらも、マキャヴェリの『君主論(The Prince)』の章題から採ったものです。

[訳注] 上記の注で示されている本のタイトルは、いずれも一般的によく知られている邦題を採用しました。マキャヴェリ『君主論』の章題は、中公新書版(池田廉訳)からの引用です。

上記の注でふれられていないタイトルについて記しておきます (ジョークの解説みたくなってアレですが)。”Flight of Dragons” – そのまんま訳すと「龍の飛翔」。テキトーに付けたタイトルなのかもしれないのですが、ピーター・ディキンスンにほぼ同名の作品があり、向こうでアニメにもなっているようです。アニメのタイトルは「フライト・オブ・ドラゴン」で日本でもビデオでリリースされていた模様。 “Of Men and Mice” – 「人間とハツカネズミ」。これはスタインベックの『二十日鼠と人間 (Of Mice and Men)』をひっくり返したものです。 

 

Page 20:

ここが、このコミックで最初にタブレットを使ってシェードを処理したページだと思います。影のところでヘンテコな技法をいくつか試してます。

 

Page 21:

最後のコマ、背景を考えなしにやったもんだから、ペローがこの中で一番背が低いみたいに見えてます。

 

Page 22:

[訳注] 最初の「ペロー!」の原文は、”Master Perrault!”。”Master” が付いています。正式な社会的地位ではなく、年齢的、経験的に上にいる男性に付ける敬称の一種で、訳語としては、「親方」「大将」、「旦那」、「先生」、「師匠」、「御大」などなど。
このコミックでは、訳出しているときとしていないときがあります。慇懃無礼な感じで「ペローさん」としている場合と、ここみたいに呼び捨てにしている場合の二種。どうも現在のペローみたいな立場(階級は下でも、経験値は上)は、日本語の敬称にはあてはめにくい (強いて言えば「先生」か。中国語の「大人(ターレン)」が近いかも)。英語の “Miss” をうまく訳せないことがあるのに似ているかもしれません (若い女性なら「~嬢」とできる場合もあるのですが、「ミス・マープル」のように老齢の独身女性だとどうにもしようがなくなります)。

ちなみに、日本のマンガを向こうの言葉に訳す場合も敬称は困りもののようで、今では “-san”、”-chan”、”-senpai”、”-sensei”、といった具合に日本語の敬称をそのまま用いることが多くなっています (出版社によっては、ちゃんと注記もしてあります)。

もう一つついでに、”your highness” について。これはノヴェンバーに対して使われるときは、ほぼすべて “姫” と訳出しております(地位や性別によって、いろいろな訳し方ができます)。”princess” については、”姫”と”王女”を適宜訳し分け。

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「オテンバーさん」のところの原文は、”Stove-Ember” で “ストーブの燃えさし”という意味。”November” との語呂合わせです。この手のはとにかく訳すというわけで、最終的に「オテンバー」に落ち着きました。「コウジゲンバー」とか他の候補もあるにはあったのですが。
 

 

Page 23:

ウグァッ。4コマ目、パースペクティブ気持ちわるっ…。またも、ペローの身長が1メートル足らずみたいな感じに。 >__<

16ページからこのページの間で、ペローの眉毛の描き方を変えました。誰か気付いた人いますかね。

 

Page 24:

ネコが死んだネズミをポケットに入れる仕草が気に入っています。こんなことを思うのはたぶん、私の生まれてこの方の憧れの一つは、内ポケットが付いたコートやジャケットだからかも。女物にはこの手のものがないと聞いているのですが…。こんなの不公平っす。

 

Page 25:

天井からぶら下がってるのは、実は、触手を持ったおぞましい怪物ではなくって、シャンデリアです (信じるかどうかは勝手ですが)。

[訳注] 「カコジセイ」のところ、原文は “Atavistic” (隔世遺伝の、先祖返り的な…の意)。…いろいろ考えた末、「過去時制」に。 

 

Page 27:

ジューシーなカエルであります。 O__o

25ページで最初にこのカエルが出てきたとき、この子がこんな風になってしまうとは思ってませんでした。最初は、ペローがこの子をつまみ上げることすら考えてなかったのですが、こんな風に長い会話のシーンが続くと、登場人物に何か細かいことをさせたり、ちょっと描写に凝ったりとかして、顔のアップばっかりになるのを避けたいと思ったのです。というわけで、彼には少しカエルと遊んでもらうことにしました。そして、このページの構想を練っている間に、最後のコマにはもう少し何か恐怖を与えるようなものが必要だろうと…

ここで、このカエルは死ぬ運命だとわかったのです。ゴメンね、カエル君。

 

Page 30:

6ページには、ノヴェンバーの父親が登場しています (後頭部からと、チビキャラで全身)。が、どういうわけだか、母親は腕だけです。ええ、なんでかは私にもわかりません。

[訳注] 通常5~8頭身くらいのキャラを2~3頭身にデフォルメする、いわゆるチビキャラという技法は、海外のマンガ読みの方々には相当カルチャーショックだったらしく、日本のマンガを代表する技法の一つみたいに言われています (海外のマンガ読みの間では、そのまんま “chibi” という用語で通る模様)。向こうのウェブコミックでも、日本マンガの影響を受け過ぎたような作品ではやたら多用されていることがあります。

このページの「お話」は、まさに「埋められた月」なのですが、この作品の中では、月は「ランタン」を持っていません(自分が光ります)。
月の住人がランタンを持っているというのは欧米では定番のイメージになっていて、マザー・グースの「月の人」などでも「ランタン」の記述がないのに、挿絵ではよくランタンが描かれています。Wikipedia の”Man in the Moon”(英語) によると、ルネサンス期に月の住人はランタンを持っているというイメージが広く普及し、エリザベス期の英国では月の模様を、ランタンを脇に置いた老人に見立てていたとあります。このようなことから欧米では自然に、月の住人=ランタンを持っているというイメージが定着していたようです。このマンガでもそのような背景があって、自然に「ランタン」が登場したのではないかと思われます。

 

Page 31:

個人的には、低い枕が好きなのです。あんまり高い枕だと、起きたとき首が凝るもので。ただ、横を向いて寝るときは、そこそこ高さのある枕がほしいんですよね。眠ってしまうまで、何度か枕を交換することがよくありますです。

 

Page 32:

5コマ目の階段がえらく危なっかしく見えるとしたら、それは私が定規を目の敵にしてるから。ま、冗談はさておき、コマの枠を描くときとかに定規を使うのは全然平気なのだけど、どうしたわけだか、背景を描くときに使うのはいやなんですよ。ま、そういった事情をふまえてみれば、階段がそれらしく見えていることは、奇蹟です。そうそう、ノヴェンバーが3人いるのは、階段を下りる時間の経過を表しているわけで、侯爵お抱えの科学者がクローン技術を実現したわけでも、「反現実への逆流」が突如起こったわけでもありませぬ。

[訳注] 上の「反現実への逆流」の原文は “NEGATIVE REALITY INVERSION”。…SF用語ですが、訳語や意味は正直よくわからん。『宇宙空母ギャラクティカ』に出てくる用語? 

 

Page 33:

ネコが獲物を狩っていて壁にネコの形の影が映っているというのは、このコミックを始める前から私が頭に描いていた構図です。この話全体のスクリプトが起こしてあるとか、絵を描く前から他の話の構想やアウトラインができあがってると思っている人がいるかもしれませんが、違います。もちろん、そうするのが賢い方法なんですけど、契約上、やむを得ずバカな方法でやらなくっちゃいけないんですの。なので、いつも結局は話が進むのに合わせて、シーンを組み立てていきます。でも、この絵は別。最初から頭に描いていたとおりです。

 

Page 34:

ネコの手(前足)の模様をデザイン/描画するのが厄介でした。現実のネコのサイズで彼の模様がどんな風になるか、いつもイメージするようにしています。当初は白い手にするつもりでしたが、彼はいつも白い手袋を身につけていることに気付いたのです。手袋をはめているときと、そうでないときの見分けが付く方がいい。そういうわけで、彼の手を縞模様にしてみましたが、結局はほこりか何かで縞模様が付いたみたいになってしまいました。

2コマ目をよく見ると、彼の掌には肉球があり、指があることがわかると思います。– ここのディテールも、自分で決めておきながら、結局はおかしな具合になってしまったところです。たしか “Calvin and Hobbes” のアニバーサリーブックだったと思うのだけど、Bill Watterson が、最初は Hobbes の手をもっとネコに近い形で描いていたのが、変に見えるので、しだいに余計なものがなくなっていったという話を読んだ記憶があります。んー、でもまあ、あんまり描く機会もないでしょうし。:P

[訳注] 「”Calvin and Hobbes” のアニバーサリーブック」というのは、こんな感じのやつです。手は人間風だけど、足は肉球があしらってあるみたいです。また、Bill Watterson は、この本の作者。Wikipedia: カルビンとホッブズ 

 

Page 36:

ナショナル・ジオグラフィック (たぶん) で、飼い猫と、飼い猫が殺す小動物や鳥などの野生動物の数に関するドキュメンタリーを見たんですけど、興味深いものでした。ネコ好きの人の多くは (私もそうですけど)、ネコは愛らしい小さな動物と考えがちな一方、ネコが生まれついての殺し屋であることを忘れています。オリジナルの『長靴をはいたネコ』の物語で、最初にネコがやったことは、若いウサギを捕まえて "何の憐れみもなく" 殺すことでした。そして、この物語の最後は、"ネコは大貴族となり、気晴らしがしたくなったときは別として、ネズミを追っかけるようなことはしなくなりました。" と結ばれています。ネコが楽しみのために、ネズミを追いかけていくことだろうと、はっきり記されています。

ペローは、チャーミングだけど、どことなく冷血な性格も持ち合わせているように描くようにしました。これは、彼がサディスティックであるとか残忍であるというわけではなく、小動物をいじめて殺すというのが彼の本能であるというだけのことです。 :P

[訳注] 青空文庫に掲載されている楠山正雄訳では、「やたらにねずみを取ったりしないで」と若干マイルドになっている模様。実際は、英文、仏文のどちらも上記のように「気晴らし」でネズミを追っかけると記されています。また、楠山正雄訳の最後のまとめの文は原文にはないものと思われます。 

 

Page 39:

このコミックを始めたとき誓ったのです。つまらんギャグのために、時代遅れなポップカルチャーを引用するなんてことは、どんなに追い詰められてもやらないようにと。38ページ目までは何とかこらえてきましたが、とうとう誓いを破っちまいましたぜ!

[訳注] 該当するのは「長靴ってのは・・・」の部分で、原文は”These Boots Are Made for Walkin’”。もともとはナンシー・シナトラのヒット曲です。ジェシカ・シンプソンなどカバーも多数あり。 

 

Page 41:

このページでは、ヨーロッパの貴族の階層図を参照しなくちゃなりませんでした。子爵や男爵はどちらも、侯爵より下の位です。

 

Page 43:

ここも、このコミックを始める前に頭にあった図。この場面は何度もやり直しを重ねたんですが、おかげでこのページは頭の中で描いていたものとほぼ同じになりました。

最初の頃は、このコミックはモノクロでハッチングだけにして、グレーのシェードも使わないつもりでした。でも、そうすると、レッドに赤色を使うと、そこだけやけに浮いてしまって、邪魔になってしまうことに気付きました。

 

Page 45:

44 ページ45 ページ46 ページは、どれも大急ぎで仕上げたものです。三週間、旅に出ることになっていて、出発するまでに第一話を終わらせたかったので。結局すべてが終わったのは、空港に向かう一時間前のことでした。えー、そんなわけで、動線…というか最初のコマのアレは、それはもうひどいことになっております。ごめんなさいね。

 

Page 46:

[訳注] “赤ずきん” の英語表記は “Little Red Riding Hood”の方が多いようです。ただし、“Little Red Cap” という英訳もあるようなので、そのまま「赤ずきん」という訳語をあてました。なお、”Red Cap” にはイギリスの悪さをする妖精(戦場など血の流れる場所に潜み、血で染めた赤い帽子をかぶっていて、ひどく残忍)という意味もあります。この妖精とかかっているとはちょっと考えにくいですが、参考までに。
 

 

* 念のためお断りしておくと、ここの翻訳はかなり意訳してますです。

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